子ども服で豊かな生活実現

People's China - - 特集 Part5 -

「流行ファッションならパリ、子ども服なら

織里」。これは、浙江省湖州市呉興区織里鎮で最

もよく目にしたり耳にしたりする広告のキャッ

チフレーズだ。かつての辺ぴな貧しい町は、ど

のようにして今のように、パリにも劣らない

とアピールする自信のある「子ども服の都」に

なったのだろうか。

答えは改革にある。

同地の中学校で教師を

していた呉小章氏は、当

時を思い出し、家族を養

うためにリスクを冒し

て、「夜、妻と一緒に、刺

しゅう付きの枕カバーを

縫って、昼になると、こっ

そり近くの町に行って売

りました」と語った。

1978年、中国共産

期中央委員会第3

回全体会議が開かれ、中

国は改革開放の道を歩み

始めた。鄧小平氏の「発

展才是硬道理(発展こそ

が絶対の道理だ)」という

思想は、春風が硬い氷を

解かすように、中国を凝

り固まった体制と固定化

した思想から解放した。

呉子性氏の考えは上級機

関の支持を得て、織里鎮

は農民の自主経営をはっ

きりと認めるようになっ

た。こうして、家々から

は機織りの音が復活し、

人々は豊かになる夢を抱

くようになった。

織里は実情に応じて発展させた子ども服産業を通して、同地を「子ども服の都」に築き上げた(写真・王焱/人民中国)

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