さらなる発展に向けた提言

People's China - - 特集 Part8 -

今年は、中国の改革開放40周年と日中平和友好

条約締結40周年を同時に迎えたが、この40年間に

遂げた中国の目覚ましい経済発展は、世界の誰も

が全く想像しなかった奇跡と言っても過言では

ないだろう。そして日中間も、40年の歳月をかけ

て緊密な関係を築いてきた。

中国の改革開放は1 9 7 8年に始まっており

年代の日本は中国にとって経済発展の目標となる

大きなモデルだったと言えるだろう。当時副総理

だった鄧小平氏は、訪日時の工場見学や新幹線乗車

の体験をモデルに中国の発展を考えた。よって改革

開放の初期段階では、中国の発展の将来像を示す日

本は非常に大きな貢献をしたと私は思っている。

その背景には、日本と中国が文化面でさまざま

な事物を共有しているという点が挙げられる。例

えば中国から学んだ「仁義礼智信」などを日本人が

誇りに思い、社会生活の中で実践していることを

鄧小平氏や中国の方々が見たことは、彼らが日本

に親近感を持つ大きな原因になっただろう。そう

した心の絆も、日中関係の構築には非常に大きな

役割を果たしたと思われる。

中国の改革開放は決して順風満帆ではなかっ

た。例えば90年から91年にかけ、80年代に推進した

市場経済化を見直し、もう一度計画経済に戻そう

という動きが出た。当時の私は

日本大使館に勤務していたが、

市場経済化こそが中国経済の

発展の原動力で、これを大いに

進めるべきと考えていたため、

先行きが非常に心配だった。だ

から92年1月、鄧小平氏が「南

巡講話」で市場経済化路線を復

活させることを目指すと語った

ときには、本当にうれしく思っ

たものだ。

当時の中国は統制経済から

自由主義経済、市場経済化への

移行が始まったばかりで、糧票

(食糧切符)や配給券が配られ

ていた時代とさして変わりがな

かったため、今のような経済発

展を遂げるとは全く想像でき

なかった。私

年に北京を離

れ、2006年に2度目の着任

をしたが、中国を離れた13年の

間に起きた変化は、タイムマシ

ンで100年ぐらいの時を飛び

越えてしまったようなイメージ

で、今でも鮮明にそのときの驚

きを覚えている。

その中国の経済発展は、日本

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