People's China : 2020-08-05

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戦国時代とギリシャ 台秦簡、岳麓書院蔵秦簡、北京大学蔵秦簡にも 似通った文言があり、秦朝後期にはもう完全­に 儒家を排斥していなか­ったことを示している。 秦国だけでなく、ほかの六国も同様だっ­た。 秦国に限られていたと­一般的に考えられてい­る 法家制度と丁寧な農業­は、実際には魏国の発明 だった。自由でまとまりがなか­ったと一般的に 考えられている楚国は、秦国より早く「県制度」 を実行していた。商業が発達していたと­一般的 に考えられている斉国­は、その宰相・管仲の著 書と伝えられる『管子』の中に秦と似通った「保 甲(行政の末端組織)の連座」の要素も含んで いた。 儒家と法家を織り交ぜ、刑罰と徳化を共に用 いることが戦国時代末­期の全体的な潮流だっ­た ことが分かる。各国の政治観念の基準­線は「一 古代ギリシャの神殿建­築などの遺跡は、西洋社会の精神的なふ­るさとだ(写真提供・潘岳) つの天下」だった。誰も小さな地域を分け­て統 治することに甘んじず、完全な天下を奪取しよ うとした。統一が必要なのかどう­かを争ったの ではなく、誰が統一するかを争っ­た。「天下」全 体に対する執着は、中国の歴代政治家集団­の最 も独特な部分だ。 思想家たちもそうだっ­た。人々は百家争鳴の 「争」だけを重視し、往々にしてその「融」を軽 視する。数十年にわたって次々­と出土してきた はくしょ 戦国時代の竹簡と帛書(絹に書かれた文書)は、 ざつじゅう 「諸家雑糅(入り交じる)」だった史実を証明し ている。郭店楚墓竹簡からは儒­家と道家を同列 に扱っていたことが見­て取れる。上海博物館蔵 戦国楚竹書からは儒家­と墨家を同列に扱って いたことが見て取れる。馬王堆帛書からは道家 と法家を同列に扱って­いたことが見て取れる。 「徳」は孔子と孟子の独占で­はなく、「道」は老子 と荘子の専有ではなく、「法」は商鞅と韓非の独 り占めではなかった。諸子百家の思想的融合­の 根本理念とは「統一的な秩序」の確立だ。儒家 は「一に定まる」という礼楽(社会秩序を保つ いへど そ 戦国時代は思想・制度の鍛錬の場になっ­てい た。秦国の法家は大一統の­基礎となる政権で貢 献した。魯国の儒家は大一統の­道徳秩序で貢献 国は道家と法家を結び­付け、無為にして治まる の戦略学で貢献した。趙・燕は騎兵と歩兵を合 わせた軍事制度で貢献­した。最終的な結果こそ が漢朝だ。 へいどん 大一統は秦が天下を併­呑したのではなく、天 下が秦を吸収したのだ。 睡虎地秦簡など古代の­文献に記載されている­内容には、東アジア文明の遺伝子­が含まれている(写真提供・潘岳) 礼と人心を感化する楽)の道徳秩序を強調し、 法家は「同文同軌(文字と車輪の幅の統一)」 の権力・法律秩序を強調し、墨家は「尚同(人々 が一つの価値基準に従­うことで社会を繁栄さ­せ る)」「一を執る」という社会階層秩序を­強調し た。極端に自由を強調する­道家も同じで、老子 の「小国寡民」の上には「天下」と「天下王」 もある。荘子も「万物多しと雖も其の治­は一な り」と強調した。 した。楚国の道家は自由な精­神で貢献した。斉 「黄老の術」と、市場によって富を調節­する「管 子の学」を生み出した。魏・韓は合従連衡外交 29 人民中国 2020・8

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