People's China : 2020-08-05

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美しい中国 永州 上海市 江 江 長 湖南省 長沙市 永州市 台湾省 広東省 九嶷山・舜源峰の麓にある舜帝­陵(写真・陳景輝) 道徳文化の始祖と中唐­文化 Map・王丹丹/人民中国 永州市の市街地から南­に車を走ら せること約2時間半、全国に名をは せる九嶷山に着いた。四方を険しい 山々に囲まれ、辺りに雲や霧が立ち 上る。山間から吹く爽やかな­風が暑 気を追い払い、心地よい。 「南風之熏兮、可以解吾民之愠兮。 南風之時兮、可以阜吾民之財兮」(薫 るように心地よい南風­は、人々の怒 りを和らげてくれるだ­ろう。南風が 吹く時は、人々の暮らしを豊かに­し てくれるだろう) 古くから人々に親しま­れているこ の『南風歌』が柔らかい風と共に耳 に入ってくるようだ。古書の中で、『南 風歌』の作者は中国古代の三­皇五帝 (伝説の中の8人の帝王)の一人、舜 帝だったと伝えられて­いる。そして、 その舜帝はこの地で何­千年もの間、 眠っている。 山全体が舜帝永眠の地 前漢(紀元前2 0 6年 〜25 歴史家・司馬遷は、その著書『史記・ て39 に眠っていると信じて­いる。 九嶷山は九つの連峰か­らなってい の山を「九嶷山」と改名した。 年)の 五帝本紀』の中で、「(舜)践帝位三十 九年、南巡狩、崩于蒼梧之野。葬于江 南九疑、是為零陵」(舜が皇帝の座に つい 年、南方へ狩りに出掛けて 蒼梧の地で亡くなり、江南の九疑に 葬り、これを零陵(永州の旧称)とし た)」と書いている。この九疑(嶷) 山は古代、蒼梧山とも呼ばれてい­た ため、中国人の多くは、舜帝がこの地 る。古書には、「九峰相似、望而疑之、 謂之九疑」と記されている。中国では 伝統的に、「九」が1桁の数で最も大 きい数字のため、無限の意味を表す。 後世の人は、頭に「九」のつく山の名 は雄大な山にふさわし­いと考え、こ 夏王朝の時代(紀元前2070年 頃〜同1 6 0 0年)に建造が始まっ た舜帝陵は、当時九嶷山に近い大陽 洞にあったが、秦・漢時代(紀元前2 2 1年〜2 2 0年)に地元の玉岩 ⾛ 45 人民中国 2020・8

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