People's China : 2020-08-05

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report 交通が不便で市場への­アクセスも悪 た。 巴東県は、ミカンと茶葉の栽培で 長い歴史を誇っていた­ものの、長く く、農産物の市場進出がで­きなかっ 湖北省内を西から東に­流れる長江 とその支流の清江は、巴東県を三つ の部分に分けている。北は、大巴山 せきりょう 脈の余脈と「華中の脊梁」と呼ばれ る小神農架峰だ。中部は巫山山脈の 寒冷地帯、南には武陵山脈の余脈­が ある。巴東県内には、幾重にも重な る険しい山々と深い峡­谷が至る所で 見られる。 2 0 1 3年以降、滬蓉(上海―成 都)間の高速道 路42 号線の巴東区間 や、巴野(巴東県―巴東野三関鎮) 幹線道などが相次いで­整備されたこ とで、巴東県は物流業とEコ­マース ( E C )が発展した。また、「(国内) 東・西部の共同協力による­貧困脱却」 という貴重なチャンス­をしっかり捉 え、大規模化した農産物栽­培によっ て、次第に市場ルートを構­築して いった。 「農産物+ Eコマース」で飛躍 巴東県の「巴東出稼ぎ農民二世 Eコマース社」(以下、「農二世」)で は、従業員たちがパッキン­グ済みの ニューホールネーブル­オレンジ(米 国原産のオレンジ)や、中華紅ブラッ ドオレンジ(果肉が真っ赤なミカ ン)などの全国各地に向け­た出荷準 備をしている。現在、「農二世」の年 間売上高は2000万­元余りに達し ている。 同社の李兆華社長 (36 の野三関鎮茶園嶺村の­村民である。 李社長 は12 起業した。 し ⩩ き 大きく育ったミカンを­摘み取る王亜蘭さん(手前の左)ら。王さん一家は総面積2­0ムー余りのミカン畑­を持っており、年間生産量は35㌧、昨年の売上高は二十数­万元だったという(巴東県の官渡口鎮五里­堆村で、写真・徐訊/人民画報) )は巴東県 年、四川省成都市の専門 学校での仕事を辞め、ふるさとに 帰って「農二世」を起業した。李社 長によると、県内産のミカン は10 年 頃、多くが市場進出できず、売れ残っ ていたという。その頃、インターネッ トはすでに普及してい­たので、李さ んはネットで売ってみ­ることにし た。巴東県のミカンは質が­良いこと から、ネットではよく売れた。そし て2年後、Eコマースにずっと興­味 を抱いていた李さんは­仕事を辞め、 李社長は長年県外でミ­カンの仕入 れをしており、巴東県の他に隣接す る湖北省宜昌市帰県や、重慶市の 村まで足を運んだこと­がある。李社 長は地元の村人と契約­を交わし、生 産からパッキング・販売まで各段階 しんちょく の進捗ぶりをしっかり­コントロール した。その努力のかいもあっ­て、ミ カンは宅配便を通じて­全国各地の 家々に「飛ぶように」売れていった。 長 「ミカンの収穫を行う1­100戸 の農家のうち約4 0 0戸が貧困世 帯です。会社で箱詰めとカスタ­マー サービスの仕事をする­人にも、貧困 世帯 が20 は話す。 格もアップした。 は15 、約80 カン畑を作った。「努力して良いミカ 音を語った。 人ぐらいいます」と李社長 Eコマースの発展によ­って、市場 情報の非対称性という­問題がうまく 解決された。販売ルートの拡大がサ ポートされ、農家の収入も保証され るようになったからだ。しかも、E コマースを背景に、ミカンの市場価 「例を一つ挙げると、『倫晩』とい うミカンの品種は、数年前は5 0 0 ㌘約1元だった価格が、現在では6 元まで値上がりしまし­た。それで農 民たちもミカン栽培に­より積極的に 取り組むようになりま­した」。李社 年以降、地元農家の土地を転 用し、総面積1 2 0 0ムー( 1ムー 約0・0 6 7㌶ ㌶)の四つのミ ンを生産すると同時に、農民たちに 利益をもたらす、まっとうなことが できればと思います」と李さんは本 73 人民中国 2020・8

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